投稿者 水戸黄麺 1999 年 6 月 07 日 15:02:59
テレビ見てなかったんで,着いてびっくり。
国道354号(周りは畑)沿いの立て看板をやっとみつけ,
案内通り細い坂をあがり,少し不安になるくらい農道を進むと
ビニールハウスの並ぶ畑の向こうの空き地に,
ぽつんとそこだけ車があふれ,人が50人くらい並んでいる。
周りには点々と家があるだけの畑地。
およそあらゆる商売に向かない環境です。
とりあえず並んでみる(午後1時半)と,
整理券(手書き)を持っている人がいる。
午前11時くらいで100食分出たという。つまり,すでに売り切れ。
しかし店からの説明や看板等は一切ないので後から後から客が来る。
普通の農家を改造したような程度の「店」の庭先で,
人が行ったり来たりの大混乱。
子連れ夫婦・アベック・杖をついたお年寄り・・・
一族10人以上の3世代家族もいた。
並んでも無駄なようなので帰ろうかと思ったけど,
2時くらいになって
「整理券をもらっても来ない人がいるから,券がなくても何人か
(20人くらい)食べられる」と
中学生位の息子さんが「頼りなげに」言うので一応待つことに。
風に乗って「田舎の香水」の匂いが運ばれてくるのには,
みんなまいっていた。
結局,3時近くになってもポロポロと券を持ってる人が来て,
あと3人というところで売り切れ。この時午後3時。
平日もこんな感じという。近所でなけりゃしばらく無理そうだ。
結局2時間くらい無駄にしたが,不思議と頭にもこなかった。
なぜなら,食べられなかったから。
食べてたら違う意味で頭に来てたかもしれないし・・・
(出てきた人の表情である程度は予測がつく)
この日は店主の息子さん娘さん(だと思う・中学生くらい)も
総出でお手伝い。
「売り切れです」と出てきた主人が
妙にニコニコしていたのが印象的。
その隣で手にギプスを巻いて,
食べられない客に謝ってまわっていた
気の弱そうな奥さんが,
「もうわけわかんなくなっちゃって・・・」と
あたまをかかえて,おろおろしていたのと対照的だった。
潮が引いた後のことが心配になった。
15年前くらいに,愛川欣也の
「探検レストラン」と言う番組があった。
荻窪で有名店(春木屋・丸福)に挟まれた
売れないラーメン店「佐久信」を
糸井重里氏が「突然,ばかうま」とコピーをつくり
山本益博氏もかかわって「売れるラーメン店」に作り上げた。
実は当時並んで食べたのだが,友人と苦笑してしまった記憶がある。
でも「佐久信」は荻窪だからまだいい。
霞ヶ浦大橋ができて
土浦に行くのにずいぶん便利にはなったとはいえ,
茨城の,しかも霞ヶ浦と北浦という大きな湖に挟まれた
いわば「陸の孤島」のようなこの町に,
はたして「支那そば屋」の味でよかったのか。
食べて出てくる人の表情はみんな重かった。
「味がわかんねえよ」と言って出てきたお兄ちゃんもいた。
もっと違うわかりやすい「うまさ」を期待してたのだろう。
番組的には,佐野氏による「修行」の方が
絵になったのかもしれないが,
テレビ東京もコクなことをしたとおもう。
むしろ「横浜ラーメン」と,なぜかもともというのだから,
「家系の店」で修行させて,茨城にはまだまだ少ない「家系」の
ラーメンにでもしたほうがよかったのではないかと
「僕は勝手に」思う。
その方が茨城の人にはちょっとめずらしい味になったと思うし
好き嫌いはあっても固定客はつくと思う。
県外からわざわざ来るなんて最初のうちだけだろうし・・・。
今HPに詳しい行き方と様子をまとめてますので
それでもなお興味があるという方はご覧ください。
「どんぶり一杯の幸せ/わがラーメン放浪記」
http://www2.odn.ne.jp/~caq53640/index.htm