投稿者 のみや 1999 年 6 月 09 日 04:30:50
はじめまして、ご挨拶が遅れました。
>さて,
>地元の人間として(茨城県内という意味で)は
>何とかがんばっては欲しいのです。
>最初の大波が過ぎた後に,近辺の人が選択肢の一つに
>加えてもらえるような店として残って欲しいのです。
この部分までの話は納得できます。
ラーメン屋として、確立した何かを得た職人の店が一つあるべきだという考え方には賛同できます。
>おろおろしていた奥さんと,純朴そうな息子さん娘さんが
>気になってしまって・・・
>立地条件は最悪なので,せめて近くの国道沿いに店がもてれば
>(田舎の何もない国道だから全く不可能ではないと思う)
>普通のラーメン店としてそこそこやっていけるのでは
家族が可哀想だとか、そういう理由で応援するのはどうかと思います。
あくまでも店主の事情がどうであれ、「おいしいラーメン」という部分を
求めて客はそれを味わいに行く以上、それに見合うだけの仕事をしていて欲しいのです。
逆に言えば、それだけの情熱があれば自ずと幸福というものはついてくるのではないでしょうか。
(金銭的な意味でなくても)
客の事情もある以上、おいしいと評判のお店はそれなりのレベルを維持して欲しいものです。
たとえば、支那そばやが遠くて行けないと思う客が、横浜ラーメンを食べて支那そばやを評価したとすれば、それは悲劇ではないでしょうか?
横浜ラーメンを食べてはいませんが、支那そばやの味をキープできているとも思えませんし。
あの番組を見て、支那そばやの味を横浜ラーメンに求めて来る人はたくさん居ると思います。
横浜ラーメンの親父が支那そばやの味をキープできないとすれば、それこそ市販のタレのラーメンで細々と商売すればいいわけです。
(もちろんその時には「支那そばやの味を再現できませんので」と断っていただかねばなりませんが。)
それで家族が養えないなら、勤めにでるなり家を処分するなりすればいいだけの話ではないでしょうか。
とまれ、横浜ラーメンの店主には佐野さん自ら手渡したレシピの重さを痛感して、
支那そばやの暖簾を汚さないだけの最低限の努力はしていただきたいと思います。
もし、タダのラーメン屋に成り下がるなら、店の名前は変えて欲しいですね。